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喘息とか障がいとか

現在30代半ば。患っている喘息。サークルで関わった障がいについて。

施設での職員の不祥事について

いつも酔っぱらってるときに思いのたけを記載させていただいているのだけど、色々なニュースでどうも納得がいかないものがある。

 

それは、障がい者福祉施設とかの職員の事件について。

 

これ、色々な考え方があると思いますが、前置きとして犯罪はいけません。

やってはいけないし、被害者も家族も浮かばれません。

 

でも障がい者福祉施設で働く人は本当に大変だと思う。

介護にも言えることかもしれないけどね。

 

そもそも、家では様々な事情があって、施設に入っている人が大半なわけです。

 

うちは叔母に知的障がい者がいるけども、おそらくは軽い方。

だけど田舎にいるので面倒を見ているのはそのお母さん。

年齢はお母さんの方が上に決まっているけど、障がいを持っている子供が死ぬまでは死ねないと言っている。

僕も小さい時に、暴れている叔母とそれを抑えるうちの母親という構図に本当にびっくりしたこともあったし、色々考えさせられるものもあった。

本人もなりたくてなったわけではないし。

今では本人もだいぶ大人になったし、何よりもおばあさんが我慢強く育てたのと、聖人みたいな人なので周囲にも信頼されていたから、町全体で本人への対応の仕方を認識してくれたけど、それでもやっぱり何かあったらと思うと完全に安心はできないわけです。

 

んでそういう人が身近にいる自分としては一人でも大変なのに、預けられた人をケアするって大変だと思うのですよ。

 

勿論、職員の人も元々そういう仕事がしたいからしている人が多いとは思う。だけど、施設に預けられている人からも色々言われるだろうし、このご時世、家族から色々な要求があると思うのです。

一部かもしれないし、一部なんだと思う。だけど、きついと思うよ。

 

個人的な意見だから間違っているのかもしれないけど、やっぱ最近、金さえ払えばなんでも言えるって人増えたと思うんだよね。

 

職員も本人だけなら元々の気持ちでやり切れるんだろうけど、それ以上のことはインセンティブがないとやっていけないと思うのね。


なんか、預けられる仕事って障がいしり介護しかり、保育園にいたるまで給料が安すぎるとおもう。


思いっきって施設料金をめっちゃ高くするか、こういうやつこそ税金使って準公務員とかにして、給与あげたら良いと思う。

保育士が2%とかニュースになってたけどたりないよ。800万円とかあったって良いと思うし。

安い金で働いているのに、人の命がとか、倫理とかうちのだけ特別にしろとか無理な話。

お金かければ資格のハードルも高くなるけど目指す人も増えると思うし、元々の慈愛精神ある人にも安心して報いることができると思うのよ。

それが出来なければ1施設に対し、1人弁護士付けたら良いと思う。

これは小学校や中学にも言えるのだけどね。

最低でも臨床心理士位はいても良いと思うけどね。


なんかね、慈愛精神につけ込んでる人が増えている気がする。


以上思いのたけでした(笑)

 

 

 

難聴者とマスクで思うこと

しろりん(♂)です。

 

こんなニュースが流れていましたね

「マスクで隠さず唇を見せて」聴覚障害者の願い、ネットで拡散(篠原修司) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

これね、僕も当時は分からなかった。

でもその前にこのブログで難聴者の定義を先に決めておきたいと思います。

 

とりあえず、聾学校に通ったことがない、聞こえない人/障がい者手帳をもつほど聞こえない人

 

としておきます。

聾学校に通っていた人は聾者としての誇りがあったりしますし、アイデンティティがあったりすると個人的には思っているので。

もちろん私が言う「難聴者」の中にも「聾者だ」って思う人もいますし、各人の思い等々を入れると無限に考えられるので、とりあえずこのブログ上では上記の定義としたいと思います。

 

さて、このニュースですが、やっぱり

話せる、もしくは補聴器を付けている=聞こえるって勘違いすることから始まるのではないかと思います。

しかも、聞こえる人だって何回も聞くこともあるから猶更分からないですよね。

 

松葉づえをついている人は足が悪いとわかる。

 

義手を付けていると、手に配慮しないといけないと思う。

 

だけど、補聴器は万能って思ってしまう。

 

補聴器をじゃあわざと取っても、話せるから(相当な努力が必要だってことは、付き合っていた女性から聞いている)聞こえると思われている。

 

難しいよね。

まずはここからの啓蒙なんだと思う。

 

手話使ってても一緒だと思うしね。

 

そういう意味でこういったことがニュースになることは良いことだと思う。

 

だからと言って、一つにカテゴライズすることも誤解を生む。

 

例えば発達障害と名前を付けるだけで劣っている印象を与えるみたいな。

 

発達障害でも有名大学出ている人結構いるからね。

 

むずかしいね。

松野莉奈さんの死で感じた事

しろりん(♂)です。

 

久々です。

ちょっと会社が忙しかったり、ショッキングな出来事があったりで更新できませんでした。

 

ショッキングだったのは、私が好きな私立恵比寿中学松野莉奈さんがお亡くなりになったこと。

 

本当の死因は分かりません。

だけど、亡くなったことや、多くの人が悲しみに暮れたのは事実です。

 

ほんとびっくりした。

 

このブログでは、自分の喘息や関わった障がいのことをかくとか抜かしていますが、

確かに、喘息で死にかけたことはあっても、実際は今人生を苦しみながら楽しんでいます。

 

その楽しんでいる一つが私立恵比寿中学です。

 

その魅力は一つ言えば、見える範囲でだけども飾らないアイドルということでした。

 

エビ中たすたすという番組や、グローバル計画という番組だけでもなんとなくそれを感じることができます。

 

歌も良い。

 

もちろんバラードもあるんだけどふざけた曲も多い。

聞いてて飽きない。

ユニコーンとか好きな人には分かってもらえる気もする。

 

かつね、メンバーの中で一番好きなメンバー(推しメン)もいるのだろうけど、このグループは一人ひとりが個性を出していて、かつそれを尊重している様子があった。

それが好きだった。

 

だけど逆に言うと、一つのピースも欠けてはいけないグループだった。

 

その一つのピースが欠けてしまった。

我が家でも毎日心配しているし、ことあるごとに涙が出る。

楽しみの一つが減ってしまった。

 

だけど残酷なことに残された人にとって、日は勝手に過ぎていく・・・

 

メンバーの心境は計り知れないし、勘ぐることも意味がない。

 

でも自分にもぽっかり穴があいてしまった・・・

 

でもね、それはあくまでも生きているからこそ感じること。

少しずつそれは噛みしめないとと思っている。

 

自分はひどい目に会ってきたと今でも思っているし、自己肯定を無理やりしている部分もある。

 

だけど結局は生きて今を楽しめているのだ。

 

だからこれからも人生を噛みしめないといけないと思う。

 

松野さんの分までとかというのは違う。意識を自分で持って、自分で解釈して、自分で反省して、乗り越えていかないといけない。楽しまないといけない。

 

結局は、苦しんでいるけど、苦しめるからこそ楽しさもあるのだと。

生きているから苦しめるし、楽しさもあるのだと。

 

色々な人のおかげで今ある人生、頑張らないとね。

 

でも、本当に美しいのに天真爛漫で人を惹きつける方でした。

 

今日、送る会には行けなかったですが、その分これからのエビ中を、そして自分を大切に生きていきたいと心から思います。

 

亡くなってから17日が経ちました。

でもこれからも何かしら取り上げられるだろうし、思いだされるのだと思います。

疲れるかもしれないけど、ゆっくり休んで下さい。

今後も地上にいるエビ中と一緒に頑張ってください。応援しています。

 

やっぱ自分は恵まれてんだな。

 

酔っぱらっての投稿です。とりとめもありませんが許してください。